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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1393号 判決

控訴人 城南信用金庫

右訴訟代理人弁護士 橋本一正

被控訴人 大協合成株式会社

右訴訟代理人弁護士 吉原省三

同 川端楠人

同 吉原弘子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張および証拠の関係は、左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴代理人は

1. 国税徴収法第七四条に基き信用金庫の会員の持分を差し押え、信用金庫に対しその持分の譲受を請求するときには会員の地位を持続できなくすることは適当でないということから、その持分のうち一口を除いた残りの持分について請求すべきものと解されており(国税徴収法基本通達七四条関係六)、国税徴収においても、信用金庫の会員の持分権に含まれている身分的な権利について配慮しているのである。

2. 信用金庫法第一五条第二項は第一項を承けて規定されたもので、特定の譲渡人と特定の譲受人との間に特定の持分が譲渡されることを前提としている。そしてこの場合仮に信用金庫の承諾は譲渡人からの請求か譲受人からの請求かいずれか一方に対して与えれば足りるとしても、そのことは本件のような場合にはあてはまらない。これが本件の場合にあてはまるとすれば、譲受人と称する者が譲渡人となるべき者の知らない間に譲受の承諾を請求した場合も同様に考えられるが、この場合には譲渡人たる会員の意思を確認して始めてその譲渡行為が具体的に確定するのであって、それまではその譲渡行為は不確定だからである。したがって控訴人が、本件のような場合に承諾を与え得ないのは、いうまでもない。

3. 控訴人は、「訴外高田文一が所在不明であって、控訴人金庫の地区内に住所または居所を有しなくなった者と認めうるかどうか問題があり、もしこれを認めうるならば、信用金庫法第一七条第一項第一号に定める法定脱退の事由である会員たる資格の喪失に該当する。」と主張するのであって、「持分の全部に対する強制執行手続による処分は、持分の任意譲渡に関する同法第一五条および第一六条の問題ではなく、同法第一七条第一項第一号に定める会員の資格の喪失という結果をもたらすから法定脱退に該当するところ、かかる結果をもたらす場合は高田の譲渡意思の確認を必要とする。」と主張するのではない。

4. いずれにしても信用金庫の会員の持分権は身分的色彩が強く、特別の規定がない限り、控訴人としては、高田の譲渡意思の確認をしないで本件持分権譲受承諾の意思表示をすることはできないのであって、その承諾の請求を拒否するのは当然である。

と述べ、

二、被控訴代理人において、

1. 国税滞納処分の場合には、一般の強制執行手続におけるような承諾請求を前提とする譲渡命令による処分や債権者代位権の行使による譲受請求の手続を簡略化し、信用金庫に対し直接持分の一部払戻(譲受)を請求する権限を認め、持分の財産権的性格に着目して簡易な執行方法を定めたのであるから、強制執行手続による場合にまでこれを援用して、身分的地位を失わしめることができない理由とすることはできない。

仮に一般の強制執行の場合にも滞納処分に準ずべきであるとすれば、本件においても一口の出資を残せばよいのであるから、控訴人としては、原判決別紙目録記載の持分権のうち「ぬ一二七、二一三号」のうちの一口を除いた九九九口について譲受の承諾を求める。

2. (イ)信用金庫がする持分譲渡の承諾は、譲渡の効力発生の条件にすぎず、したがって譲受人と称する者が、持分譲受行為がないのに譲受について信用金庫の承諾をえても、譲渡の効力が生じないだけのことであって、信用金庫としては、信用金庫として承諾を与えても差支えないかどうかを考慮すれば足り、譲渡行為の有無やその有効無効につき審査する権利も義務もないのである。(ロ)また譲渡行為を具体的に確定したうえで信用金庫の承諾を条件に譲渡の効力を生じさせることもできるが、予めその承諾をえたうえで譲渡行為をすることも可能であり、信用金庫法第一五条第一項および第二項の規定の文言からすれば、むしろ事前の承諾の方が原則であるといえる。(ハ)本件の場合は、譲渡人も譲受人も譲渡の目的たる持分もすべて特定しており、しかも裁判所の譲渡命令によって譲渡されるのであるから、高田の意思は問題とならない。(ニ)信用金庫は、正当な理由がない限り、承諾を拒めないから、相手方や持分の口数の如何で諾否を左右することができず、したがって、これらを特定しない抽象的な承諾でも差支えないのである。(ホ)本件のように譲渡人と譲受人が特定しているときは、譲受人に対しその譲受を承諾することは、譲渡人の譲渡についても承諾することにほかならず、その承諾を各別にしなければならない理由はない。(ヘ)信用金庫法第一五条第一項および第二項は承諾請求が抽象的にも行いうることを前提としており、会員が予め譲渡について信用金庫の承諾をえてから譲受人を探し、あるいは会員となろうとする者が予め譲受について信用金庫の承諾をえてから譲渡人を探し、相手方がみつかると相手方単独で譲受または譲渡の承諾を求める場合を想定したものと考えられるから、本件のような場合には、被控訴人に対する承諾があればそれによって右第一項および第二項の要件が充足されるのである。

3. 被控訴人は、本訴において、高田の法定脱退を主張し、これによって生ずる持分払戻請求権の取立をしようとしているわけではないから、高田に法定脱退の事由が生じたかどうかは本件に関係がない。

4. 信用金庫の実態は、次第に普通銀行に近づきつつあるとともに会員意識が稀薄化し、今日では、受信面では一般金融機関と同質化し、与信面で会員に対する融資を原則とする点にわずかに協同組織性が残っているにすぎず、会員の身分権なるものは有名無実に等しくなっているのであって、このような信用金庫の実態を考慮すれば、控訴人が持分の強制換価手続を拒む実質的な理由は全くないというべきである。

と述べた。

理由

一、当裁判所も被控訴人の本位的請求は理由があると判断するのであるが、その理由は次のほかは原判決の理由の説示と同じであるからこれを引用する。

(一)  原判決一〇枚目表八行目冒頭の「尤も右差押換価は」から同裏一行目の「勿論である。尤も」までを、

「もっとも右差押換価は財産権としての持分に対してなされるのであるから、差押債務者たる会員は、差押を受けても、差押債権者との関係において持分の処分を禁止されるだけで、執行裁判所の換価手続によりその持分全部が処分されてこれを失うに至るまではなお会員の地位を有し、持分権に含まれる身分的な権利

(前記共益権)についてその行使を妨げられるものではなく、議決権を行使し、役員として業務を執行し、また信用金庫を代表することができるのである。そして」

と改める。

(二)  原判決一一枚目表二行目冒頭の「(3)」を「(4)」と改め、その前に、

「(3)信用金庫は人的結合たる協同組織の性格を有し、会員はその運営に参加する権利として前記のような身分権(共益権)を有するのであるが、会員の加入および脱退は原則として自由とされており(信用金庫法第七条、第一三条、第一六条参照)、右の身分権の得喪はその加入および脱退に伴って当然生ずるのであるから、後記のように持分の譲渡について信用金庫の承諾があることを要するという制約があるとはいえ、あくまでも会員が右の身分権を伴った持分について処分機能を有するのであり、会員が債権者からその持分に対して強制執行を受け、持分全部を換価された結果ひいて右の身分権を失うことがあっても、これを不当とすべき理由はない。国税徴収法第七四条が、税務署長は、国税の滞納処分において信用金庫の会員の持分を差し押えた場合、信用金庫に対しその持分の一部についてのみ譲受の請求ができる旨定めているのは税務署長が直接信用金庫に譲受の請求をすることができるとするとともに、滞納者たる会員をしてその会員の地位を保持させつつ滞納処分の目的を達しようという政策的考慮に基いて特則を定めたものであって、強制執行の場合における前記のような解釈を左右するに足るものではない。」

を加える。

(三)  原判決一二枚目表一〇行目末尾の次に「なお控訴人の挙げる譲受人と称する者が譲渡人となるべき者の不知の間に譲受の承諾を請求した場合には、承諾があっても譲渡の効力を生じないだけで、承諾が譲渡人不知の間になされたものであることの故にその効力が左右されるわけはないというべきである。譲渡人となるべき者の譲渡意思が問題とならない本件の場合、とくにそのことにかかわることを要しない。」を加える。

(四)  原判決一三枚目裏五行目から一四枚目裏八行目までの(4)項全部を、

「(4)訴外高田文一が所在不明であるということは同人が控訴人金庫の地区内に住所又は居所を有しなくなった可能性があり、その場合には信用金庫法第一七条第一項第一号第一〇条第一項第一号に定める会員たる資格の喪失として法定脱退の事由に該当し、高田の有していた持分権は同法第一八条第一項に定める持分払戻請求権に転化したものということができる。しかし、これはその可能性があるというにとどまり、高田に右の事由が生じたかどうかは未だ明確ではないのであるから、控訴人金庫としては、それが明確になるまでは、高田が会員の資格を喪失していないものとして取扱うほかはない。したがってこの点も、控訴人が本件譲受の請求を拒否する理由とすることはできない。」

と改める。

二、よって控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 小林信次 裁判官川口富男は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 小川善吉)

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